互いの両親に二つ返事であっさりと認めてもらった大河との同居生活
浮かれる自分とは対照的に、唖然とした表情で事の次第を受けとめその場に突っ立つ大河を俺は忘れないだろう
初めて知ったこと
翌朝の土曜日、
部屋の掃除をしていた途中でインターホンが鳴るのを耳にし、慌てて玄関先に向かう
ドアを開いた先には昨日言ったとおり、自宅から持ってきた最小限の荷物を両脇に抱えた大河が現れた
「おっす大河!道迷わなかったか?」
「当然っしょ、ちゃんと地図確認して来ましたよ」
「へいへい、んじゃ上がれよ」
「おじゃまします」
まだ散らかってるけど、そう言って大河を部屋に通す
そしたらいつでも人を招ける状態じゃ全然ないじゃないッスか、と憎まれ口を叩かれる。そういうのは無視だ無視!
とりあえず荷物を床に置くよう指示し、茶湧すからと言ってキッチンへ向かう
それに一言お礼を述べてきた方を振り向くと、珍しそうに部屋をぐるりと見渡す大河にくつりと笑みを溢す
「先輩の言ったとおり、部屋広いですね。家賃とか大丈夫なんスか?」
「…ああ、大家が俺の親父の親戚でさ。2LDKあるんだけど、それ安くしてもらってるんだよ」
でもそれ内緒な?ニシシと笑って忠告すると素直に分かりましたと返してきたもんだからちょっと驚いた
「どうしたんだよ大河、なにか悪いもんでも食べたか?」
「…失礼ですねアンタ」
それにコンロですけど、まだ火を点けてませんよ?
キッチンのテーブルに腰掛け、意地悪く頬笑むそいつに心臓が跳ねるのを自覚しながら、慌てて点火する
今でも信じられないな、大河が俺のとこに住むってことが
料理できないから教えてくれと、大河へ同居を頼んだのは昨日のことだが、これはあくまで口実に過ぎなくて
高校時代から、どこかダチとは違った目で俺はコイツのことを見るようになっていた
気の迷いかと思ったが、進学してからも大河のことが気になってしょうがなくて、
彼の姉である清水から俺の慣れないメールで情報をもらったり直接高校に後輩いびりだと言って会いに行ったりもした
それが涼子ちゃんと同じ好きの感情だと気付いたのは大学1年の冬ごろ
修学旅行から帰ってきた大河に一早く会おうと学校に向かうと、おみやげにと地域限定ものの箸をもらった
他は考えるの面倒臭いので菓子で済ませましたとはにかむ大河にひどく感激したのを覚えている
俺のこと、お前も好きなんじゃねえの?
その時そう都合良く考えてしまったわけだが、お前「も」ってことは自分はそうなのか?と思い直し、彼が好きなのだと認めた
さらには、進学先が俺の通うとこだと知った日には発狂してしまいそうなくらいはしゃいだものだ
そんなこんなで断られると思っていた今回の同居申請にまで承諾をもらったのだ。嬉しくないはずがない
しかしその現実を未だ受けとめられずにいる。夢を見ているんじゃないかとさえ感じてしまう
いろいろと1人で考えていたら次第に恥ずかしくなり俯いていると、湯が沸いた音にはっとして火を止める
「面白いッスね」
「…なにが?」
「百面相、してましたよ先輩」
「!!気付いたんなら早く言えよっ」
かっと顔が火照るのが分かった。それを見抜かれないよう素早くやかんを手に取り、テーブルの上の鍋敷きの上に乗せた
だが力強くガンと鈍い音を立てて置いたそれから少し湯が漏れた。手に当たりそうになるのを必死の形相で逃れ、ほっとする
それを見て笑いを堪えられない様子の大河に、なんで俺、こんな生意気で、チビで、年下のやつが好きなんだろうと舌打ちした
二人茶を飲み、くつろいだところで話を進める
「大河はこの部屋使ってくれていいぜ、ここだけ空き部屋みたいになってたからほこり立ってたけど昨日掃除したから大丈夫だ、たぶん」
「たぶんて…まだ完全じゃないんスね。いいッスよ、掃除手伝います」
「悪いな」
「いいえ」
一人部屋頂いただけでも贅沢した気分で嬉しいですし、大河はそう言って案内した部屋によいしょと持ってきた荷物を置く
「因みに…つっても分かると思うが隣は俺の部屋な。トイレとか風呂は…荷物片付けたいだろうしあとで案内するわ」
「分かりました。…あ。先輩、カレンダーってあります?」
「…へ?カレンダー?ああ、そういえば母さんからもらったっけ、か?」
もう5月だというのに未使用の丸められてるその存在を思い出したところで使ってないんスかと呆れた顔をされた。悪いか
「先輩のことだから使ってないだろうと思って、書き込んでるの持ってきましたよ」
「げ。いらねぇよっテレビ見てれば分かるじゃん」
「俺だって書くの無精したいですけど、予定書き込んでもらえれば互いのスケジュールとか分かるでしょうが」
「ぐ…そ、それもそうだな」
「でしょ?大学の年間行事は書き出しといたんで、先輩のバイトのある日とか埋めてって下さい」
あと、大学の時間割は別に作ってきたんでそれに書いといて下さいねと、荷物から取り出されたカレンダーと別に紙も渡された
ご丁寧に表で作られたそれは、大河の時間割は埋められており、俺のとこだけ空白にされていた
完全にいま大河のペースなんですけど。二人暮らしってこんないろいろ手間掛かるもんなのか?!
しぶしぶそれらを受け取り、大河が片付けている間に自分の時間割と今月のシフトを書き足す
書き終えた後、見えやすいキッチンの冷蔵庫に時間割、その隣のリビングの壁にカレンダーを掛けた
さて、これから同居と言ってもどれほどの間アイツといられるんだろうかとパラパラとカレンダーを捲ってみる
「…ん?」
そこでふと、気になるページを発見した。他のページと違ってマーカーが引かれている
よく捲ってみると11月のところだ
「こんな先のとこまで書いてんのか…」
感心しながらマーカーで引かれた日付を確認する
−−息が、止まるんじゃないかと思った
そこは11月5日
俺の、誕生日
「っな…に、」
どうしよう、すげぇうれしい
祝われた覚えはあると言えばある。高3のとき同級生の野球部のメンバーに誕生日前日に宣伝した
そうしたのもその日が初めてのことだ、高校生にもなって祝ってもらおうなんて考えてもみなかった
けれど今年は大河がいる。本当の目的はアイツに知ってほしいということ。そのためにわざわざ部室まで足を運んだ
そうして翌日の放課後、先生とみんなで多目的室を借りて祝ってもらった
大河にも(プレゼントの類は無かったが)「おめでとう」の言葉をもらい、嬉しさ余って抱き締めて固まらせたのを思い出す
卒業してからは忙しくて祝ってもらったのはあの一度きりなのだが、
「覚えてて、くれたんだ、な…」
がさがさと手際よく荷物を片付ける大河をちらりと見やり、いまここにアイツがいなくてよかったと心底思った
絶対緩みきってる、俺の顔
ひょっとしたら
別の人の誕生日かも知れない
なにか大事な用事があるのかもしれない
それでも期待せずにはいられない想いがあるから、「俺の誕生日」とまだ手に持っていたマジックででかでかと書いておいた
捲ったままにしていたページを元に戻し、手伝うかと大河のいる部屋に入る
「早!もう掃除の方してんのか!」
大河が来る前に掃除機をかけていたが、それを手にスイッチを入れていた
「ええ、荷物と言っても服と財布、学校に持っていくものだけッスから」
クローゼットにしまうだけで何も苦じゃなかったですよと話しながら大河は手を休めることなく掃除する
へえ、再び彼に感心しながらそれまで眺めていたカレンダーのことを思い出す
「そういえば俺、大河の誕生日知らねえ…」
「?なんか言いました?先輩、」
「あーいや、何も!?」
「…?」
バカ!俺ってば最悪じゃんか!もらってばかりであげたことねえなんて!
自己嫌悪に陥るが、今更なので後悔しても遅い
1人項垂れる自分を怪訝に見つめてくる大河に頭が上がらない気持ちでいっぱいだ
いや、今日からは一緒に暮らすんだ!あのカレンダーに書き込んで祝ってやろう!
俺の誕生日以外、目立った日付はなかったはず。そう意気込んで大河に呼びかける
「大河の誕生日っていつ?」
「?3月ですけど…いきなりなんスか」
「へー3月か、もう過ぎた、なぁ?!」
な、なんだとおぉ!もう5月ですけど!とっくに破られてるから載ってないんですけど!
茂野吾郎、撃沈しました
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大河からもらった箸はいまも吾郎は愛用中です