なんで俺、先輩と帰ってんの…
帰り道。
俺、清水大河は先輩の茂野吾郎さんと一緒に下校中です。
貴重な昼休みに茂野先輩から何の脈絡もなく同居を勧められ、その挙げ句にしぶしぶ了承を返した俺は
今日は互いに同じ時限で終わることをすっかり忘れていた。
因みに終いの講義は教室が隣同士。終了後、なにも考えずドアをするりと抜けたらその横で待ち構えていた先輩に呼び止められた。
帰ろうぜと促したその人は俺が軽く肩に掛けていた鞄を奪い取り、教室から出て行く生徒の群れをかき分け簡単にすり抜けていく。
その見えなくなった後ろ姿にそっと溜め息をついて俺も徐々に足取りを速めた。
それで今に至る。
鞄を返してもらい、学校を出て少し経つが、二人何の言葉も交わさないまま無言で帰っていた。なにこの気まずい感じ。
加えて西日が強い夕刻時に、帰る方向がちょうど西側であることに舌打ちしたくなる。
ふと空を見上げたのがいけなかった。今日は厄日か。
日差しの眩さに目を細めながら隣に並んで歩く先輩を垣間見る。先輩も俺とおんなじような顔してた。
「挨拶しに行かなきゃかなー」
「は、」
急に話し掛けてきたと思ったら、また今度はなんの話だ。
独り言にもとれるが、そのぽつりと言葉にした先輩の一言に首を傾げて立ち止まる。
すると先輩も立ち止まり此方を振り向いて、
「だってお前、明日から俺んとこ来るだろ?荷物まとめなきゃだろうし、一応大河の両親にうまく話して認めてもらわねぇと」
………ちょっと待て、
「明日って急すぎるっしょ!荷物まとめるにも、あんた掛かる時間ってもの考えたことあります?」
「急じゃねえよ!できれば今日からでもウェルカム俺ん家なのに!」
「だから気ぃ早すぎだろ!世のなか先輩中心に軸回ってないんスからムリだっつーの!」
言い争う中、文句ばかり垂れていた口は徐々にエスカレートし、思ってもいないことまで口走る。
大人気ないが路地の真ん中で声を荒げてしまったことに気付く。
男二人で何をムキになっているのだろう。一通り言い終わったところで自嘲気味に口を噤む。
人通りの少ない場所だったのがせめてもの救いか。
先輩といると退屈しないが、その勝手な言い分にいつも惑わされる。今回のがいい例だ。
しばらくして隣の大きな体がしゅんとしょげた。意気消沈しながら俯く姿に良心が痛む。
まるで叱りつけられた犬を見ている気分だ。飼ったことないけど。
夕日に照らされているはずだが、その背中には青が差しているようでどことなく寂しげに見えて。
もう少し、言葉を選んで話すべきだっただろうか。
先程の言い合いを振り返り、時折、傷ついた表情を浮かべたこの人を思い出したら無性に放っておけなくなった。
これは同情だ。そう自分に言い聞かせながら。
だからなのだろう、俺は先輩の期待を裏切らないような言葉を拾っていくのに躍起になった。
「…あー、じゃあ今日家来ます?」
「…え、」
「話、つけときましょーよ。後で姉貴からごちゃごちゃ言われんのもめんどくさいし」
「お、おぉ」
「それと、先輩んとこ行くのはまぁ…後日に荷物送ってもらうとして、必要最低限の物だけ手に持って明日向かいますんで」
明日行けるかは両親が認めてくれたらの話ですけどねと断っておくことも忘れない。
ようやく言葉の意味を理解し始めたのか、曇っていた表情が次第に晴れてきた。
今の情景に合う心地よさを感じる。よかった、その様子に密かにほくそ笑む。
そんなに俺が来ることを楽しみにされていたなんて思わなかった。
あーあ、自分で言っておいてなんだけどこれから大変だな。
先輩と話がついたところで二人して再び前を歩き出す。
「そうだ、もうコレ大河にやっとく」
思い出したように手渡してきたのは真新しい感じの、鍵。
不思議に思い、尋ねてみるとスペアキーだそうだ。もう一つの鍵を鞄から取り出して見せてくれた。
用意がいいものだ。
くつりと笑んで、それからやんわりと握ってみる。
ひんやりと冷たい感触であるはずのそれは俺の体温を容赦なく奪い取り、命を宿したかのように熱を持っていった。
合鍵
*なんだかんだ言いつつ吾郎に弱い大河